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東京地方裁判所 平成元年(ワ)16491号 判決

原告

佐藤光房

ほか一名

被告

中里準

ほか二名

主文

一  被告らは、各自、原告佐藤光房及び同佐藤たま子それぞれに対し、金二七五〇万六七三〇円及びこれに対する平成元年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告佐藤光房及び同佐藤たま子それぞれに対し、三七七六万八五九三円及びこれに対する平成元年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

日時 平成元年一月一一日午前一一時五〇分ころ

場所 東京都世田谷区駒沢四丁目一八番一六号先交差点(以下「本件交差点」という。)

加害車 普通貨物自動車(足立一二あ七四七五)

右運転者 被告中里準(以下「被告中里」という。)

事故の態様 本件交差点において右折進行した加害車が、右折方向前方にある横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上を自転車に乗つて横断していた亡佐藤みどり(以下「被害者」という。)と衝突した事故

2  責任原因

(一) 被告中里

被告中里は、本件交差点において右折進行するにあたり、進路前方に横断歩道が設けられているのであるから、前方左右を注視して、横断者の有無を確認し、横断者がある場合にはその安全を確保すべき注意義務があるに、これを怠り、自車後方から警音器を吹鳴されたのに注意を奪われ、サイドミラーにより後方を見ながら右折進行し進路前方に対する注視を怠つた過失により、本件横断歩道上を自転車に乗つて走行中の被害者の発見が遅れ、加害車を右自転車に衝突させたものであるから、民法七〇九条に基づき、被害者及び原告らが本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告川﨑清(以下「被告川﨑」という。)

被告川﨑は、本件事故当時、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき被害者及び原告らが本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告有我義輝(以下「被告有我」という。)

被告有我は、本件事故当時、加害車を事故のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条本文に基づき被害者及び原告らが本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 被害者の死傷

被害者は、本件事故により頭蓋内損傷等の傷害を負い、平成元年一月一一日から同月一五日までの五日間昭和大学病院に入院し、同日午前五時三五分ころ、同病院において死亡した。

(二) 被害者の損害

(1) 付添看護料

被害者の前記入院期間中原告らが付添看護にあたり、これによる損害は一日当たり四五〇〇円が相当であるから、合計二万二五〇〇円となる。

(2) 入院雑費

被害者は、右入院期間中種々の雑費の支払を余儀なくされ、その合計額は一万六八八〇円である。

(3) 付添交通費

被害者が原告らの付添看護を受けるにあたり、原告らが昭和大学病院に通院するために交通費として一万八〇六〇円を要した。

(4) 結婚関係費用

被害者は、平成元年一月一四日に訴外山田雄司と結婚式を挙げる予定であつたが、本件事故によりこれを断念せざるを得なくなり、被害者は、同日キヤピタル東急ホテルで行う予定であつた披露宴をキヤンセルし、そのキヤンセル料二〇万円を同ホテルに支払い、結婚式案内状印刷代一〇万円とウエデイングドレス及びイブニングドレス代四〇万円がそれぞれ無駄になるとともに、花嫁道具として準備した電化製品についても購入先の電気店に引き取つてもらい、その再生料として八万五〇〇〇円を支払つた。

(5) 逸失利益

被害者は、本件事故当時二八歳であつて、訴外山田雄司との結婚後、主婦として家事労働に従事するとともに、ビオラ奏者として演奏活動をし、また、バイオリンやビオラの教授をして稼働する予定であつたから、少なくとも女子雇用労働者の平均賃金以上の収入を得ることができたものと考えられ、就労可能年数を六七歳までの三九年間として、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の全年齢平均年収二四七万七三〇〇円についてベースアツプ分五パーセントを加算した二六〇万一一六五円を基礎に、生活費として右年収の三〇パーセントを控除し、ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して被害者の本件事故時における逸失利益を計算すると、三〇九八万四八一七円となる。

(6) 慰藉料

被害者は、三歳のころからバイオリンの、高校二年のころからビオラの指導を受け、東京芸術大学卒業後は財団法人東京交響楽団にビオラ奏者として入団し、昭和六一年一〇月に退団してからはフリーの演奏家あるいはバイオリンの教師として収入を得ていたものであり、大学時代の同級生であり現在NHK交響楽団に在籍している訴外山田雄司との結婚も控え、幸せな生活が約束されていたにもかかわらず、本件事故によつてビオラ演奏家としての将来や女性としての憧れでもあつた結婚生活を奪われたもので、被害者の無念さは筆舌に尽くしがたく、その精神的苦痛を慰藉するためには三〇〇〇万円をもつてするのが相当である。

(三) 原告らの損害

(1) 葬祭費

被害者の葬儀等を営むために原告らは六二五万二〇〇四円の支払を余儀なくされた。

(2) 弁護士費用

被告らは原告らに対する損害賠償債務を任意に履行しないから、原告らは、本件訴訟の提起、追行等を原告ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用として七四五万七九二六円の支払を約束し、同額の損害を被つた。

4  相続

被害者は原告らの子であり、原告らは請求原因3(二)記載の被害者の損害に係る被告に対する損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

5  よつて、原告らはそれぞれ、被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として三七七六万八五九三円の支払及びこれに対する本件事故の日である平成元年一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2は認める。

3  請求原因3(一)の事実は認めるが、同3(二)、(三)及び同4の各事実は知らない。

三  抗弁(過失相殺)

被害者が横断していた国道二四六号線(通称玉川通り、以下「玉川通り」という。)は、道路中央に設けられた分離帯も含めて車道幅員が約二三メートルで、極めて交通量の多い幹線道路であり、道路両側に設けられた歩道は自転車の通行が許可され、被害者が横断していた本件横断歩道には歩行者用信号が設置されていた。

被害者は、本件事故当時、本件横断歩道を自転車に乗つて横断していたのであるが、その横断開始時における歩行者用信号は赤ないし青点滅であつた。ところで、横断歩道上を横断するには、自転車から降りてこれを押しながら横断すべきであり、かつ、その際に従うべき信号は、自転車に乗つて横断する場合とそれを押して横断する場合とをとわず、歩行者に準じて歩行者用信号であるから、結局、被害者は、対面する歩行者用信号が赤ないし青点滅であつたにもかかわらず横断を開始したことになり、しかも、本件横断歩道上を自転車に乗つて横断していたことになるから、重大な過失があるというべきである。

仮に、自転車に乗つて横断歩道を横断する場合にその従うべき信号は歩行者用信号ではなくて車両用信号であるとしても、本件において、被害者は、そもそも自転車を押して通行しなければならない場所である本件横断歩道上を自転車に乗つて通行しており、しかも、歩行者用信号が赤ないし青点滅であつたことから、対向右折車がその対面信号が青から黄に変わることを恐れてあわてて右折してくることも十分予想されるのに、そのような右折車に注意することなく漫然と進行したのであるから、被害者にも過失があつたというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁事実のうち、冒頭から五行目までの事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

2  被害者が本件事故当時運転していた足踏式自転車も道路交通法上は車両であるから、被害者が玉川通りを横断するにあたつて従うべき信号は、歩行者用信号ではなく、対面する車両用信号である。そして、被害者が玉川通りの横断を開始したときには、対面する車両用信号の表示は青であつたから、被害者には何ら過失がなかつたというべきである。仮に、被害者に車道を通行しなかつた落度があつたとしても、それは本件事故の発生とは直接関係がなく、また、そもそも本件事故は、被告中里が後方から吹鳴された警音器に注意を奪われて一時前方注視を怠つたことにより発生したもので、同被告の重大な過失によるものであるから、過失相殺を問題にする余地はないというべきである。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1及び2はいずれも当事者間に争いがない。

したがつて、被告中里は、民法七〇九条に基づき、同川崎及び同有我は、いずれも自賠法三条本文に基づき、それぞれ被害者及び原告らが本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

二  損害

1  請求原因3(一)(被害者の死傷)の事実は当事者間に争いがない。

2  被害者の損害

(一)  付添看護料 二万円

右当事者間に争いがない事実及び原告佐藤光房本人尋問の結果によれば、被害者の入院期間中被害者の両親である原告らの外、その親族等が付き添つたことが認められ、右付添いに係る費用としては一日当たり四〇〇〇円が相当であるから、計二万円が本件事故による損害というべきである。

(二)  入院雑費 五〇〇〇円

前記当事者間に争いがない事実並びに原告佐藤光房本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし四及び同第四三号証によれば、被害者の前記入院期間中一万六八八〇円の雑費を要したものと認められるが、このうち一日当たり一〇〇〇円の合計五〇〇〇円が本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(三)  付添交通費 〇円

前掲甲第四三号証、原告佐藤光房本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第六号証の一ないし一〇及び同原告本人尋問の結果によれば、原告ら及びその親族等が被害者の前記入院期間中これに付き添うために自宅と昭和大学病院との間を往復するなどの交通費として一万八〇六〇円を要した事実を認めることができるが、右費用は、前記(一)認定の付添看護料に含まれるものであるから、これを超えて本件事故による独立の損害と認めることはできない。

(四)  結婚関係費用 三八万五〇〇〇円

前掲甲第四三号証、原告佐藤光房本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二二号証、同第二三号証及び同第二五号証、同原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因3(二)(4)の事実を認めることができるが、そのうちウエデイングドレス及びイブニングドレスの購入費用については、これらのドレスの使用目的が本件事故により失われたに過ぎず、その購入費用をもつて本件事故による損害ということはできないから、請求原因3(二)(4)記載の出捐のうち三八万五〇〇〇円を本件事故による損害と認めることができる。

(五)  逸失利益 三一六〇万三四六一円

成立に争いのない甲第三六号証の一、原告佐藤光房本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第三六号証の二、同原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被害者は、本件事故当時二八歳の健康な女子であり、東京芸術大学を卒業後ビオラ奏者として財団法人東京交響楽団に入団し、同楽団を昭和六一年一〇月に退団してからは、フリーのビオラ奏者として活動するかたわらバイオリンやビオラの個人教授をして収入を得ていたこと、昭和六一年一月一日から同年一〇月一七日までの同楽団からの被害者に対する支給額は、一四五万七二六〇円であつたこと、同楽団では在籍四年目二八歳のビオラ奏者は平成元年には年間三一二万九九七〇円の収入を得ていることの各事実が認められるから、被害者は、六七歳までの三九年間につき少なくとも賃金センサス平成元年第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の全年齢平均年収二六五万三一〇〇円の収入を得ることができたものと推認され、生活費を右年収の三〇パーセントとしてライプニツツ方式(係数一七・〇一七〇)により年五分の中間利息を控除して被害者の本件事故時の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり三一六〇万三四六一円となる(円未満切捨て。)。

2,653,100円×(1-0.3)×17.0170=31,603,461円

(六) 慰藉料 一八〇〇万円

成立に争いがない甲第三八号証の一三、一四、原告佐藤光房本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被害者は原告両名の二女として出生し、クラシツク音楽を愛好する原告らの期待に応えるべく努力してビオラ奏者となり、本件事故の三日後である平成元年一月一四日に東京芸術大学時代の同級生であつた訴外山田雄司と結婚式を挙げる予定であり、結婚後も主婦業に加えて演奏活動やバイオリンの個人教授等をする予定であつたことが認められ、これらの事実に後記認定の本件事故の態様その他本件に現れた一切の事実を斟酌すれば、本件事故による被害者の精神的苦痛を慰藉するためには一八〇〇万円をもつてするのが相当である。

3  原告らの損害(葬儀関係費用) 一五〇万円

前掲甲第二五号証及び同第四三号証、原告佐藤光房本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし三二、同第八号証の一ないし一一、同第九号証、同第一〇号証の一ないし三、同第一一号証の一ないし四、同第一二号証の一、二、同第一三号証、同第一四号証の一ないし三、同第一五号証、同第一六号証の一ないし三、同第一七号証の一、二及び同第一八号証ないし同第二〇号証並びに同原告本人尋問の結果によれば、原告らは、被害者のために仮通夜、本通夜及び告別式を行つたほか、初七日、四十九日及び百カ日の各法要を行い、これらのために原告らが五七〇万九六九五円を支払つたことを認めることができるところ、前記認定の被害者の年齢、家族構成、職業等の諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用としては、一五〇万円をもつて相当と認める。

三  相続

成立に争いがない甲第二六号証の一によれば、原告佐藤光房及び同佐藤たま子は被害者の父母であることを認めることができ、これによれば、原告らはそれぞれ前記認定の被害者の被告らに対する損害賠償請求権を二分の一の割合で相続したものと認められるから、各自の請求額は(原告らの損害に係るものと併せて)二五七五万六七三〇円となる(円未満切捨て。)。

四  抗弁について

1  いずれも成立に争いがない甲第三八号証の二ないし四、一一、一二、同第三九号証の一、三、四及び同第四〇号証の三、四によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件交差点は、瀬田方面から渋谷方面へ東西に通じる車道幅員約二三メートルの玉川通りと弦巻方面から等々力方面へ南北に通じる通称駒沢公園通り(車道幅員は、本件交差点から弦巻方面に向かう道路は約七メートル、等々力方面に向かう道路は約九メートルである。以下「駒沢公園通り」という。)とが交わる交差点で、玉川通り、駒沢公園通りいずれもその両側に縁石で仕切られた歩道があり、アスフアルト舗装された平坦な道路で、事故当日路面は乾燥していた。本件交差点の出口には東西南北いずれの方向にも横断歩道が標示されているが、本件事故が発生した西側横断歩道(本件横断歩道)は、幅員約六・三メートルで玉川通りに直角に白色ペイントで標示されている。本件交差点は信号機による交通整理が行われていたが、各横断歩道には歩行者用信号機が設置されていた(なお、本件全証拠をもつてしても、右歩行者用信号機に「歩行者・自転車専用」と表示されていたと認めることはできない。)。

(二)  被告中里は、加害車を運転して、駒沢公園通りを弦巻方面から等々力方面に向けて進行し本件交差点に差しかかつたところで、対面信号が赤色であつたため一旦停止し、青色に変わつたのに従つて前進し、玉川通りを瀬田方面に向かつて右折進行しようとしたが、対向車両が三、四台あつたため、これらをやり過ごすために本件交差点中央付近で再び停止し、対向車をやり過ごしたあと再度発進し(当時対面信号は依然として青であつた。)、時速約一五キロメートルで右折進行中、後方から警音器を吹鳴する音が聞こえたため後方の様子を見るために右サイドミラーを見ながら進行し、一時前方に対する注意を怠つたまま進行したことにより、折から本件横断歩道上を自転車に乗つて南から北に向かつて横断中の被害者を前方約二・八メートルに至つて初めて発見し、すぐに制動を掛けたが間に合わず、加害車の前部を被害者に衝突させるに至つた。

(三)  被害者は、玉川通りの南側の歩道を瀬田方面から渋谷方面に向けて走行し、本件横断歩道を南側から北側に横断するために左折して本件横断歩道に入り、約五・五メートル進んだところで本件事故に遭つたものであるが、被害者が南側の歩道から本件横断歩道に入つた際のその対面する歩行者用信号の表示は青点滅であつた。

(四)  加害車が右折のために一旦停止した地点から本件横断歩道及びその直近の玉川通り南側歩道上に対する見とおしは良好であり、右横断歩道及び歩道上を通行する歩行者及び自転車を確認するのに妨げとなるものはなかつた。

2  右認定の事実によれば、本件事故の発生については、たしかに被害者においても、自転車を運転して玉川通りを南側歩道から北側歩道まで横断するにあたり、車道部分を走行しないで本件横断歩道上を走行した道路交通法違反行為があり、また、その対面する車両用信号が青色であつても右折してくる車両等があることを十分に予測して進行すべきであるにもかかわらずこれを怠つて走行した若干の過失があつたことが認められるけれども、他方、被告中里においては、本件交差点において駒沢公園通りから玉川通りに向けて右折するにあたり、後方から吹鳴された警音器に気を取られて一時進路前方に対する注視を欠いたまま走行した過失があり、しかも、同被告は被害者を前方約二・八メートルの地点に至つて初めて発見したのであるから、その前方不注視の程度は大きく、自動車運転者としての基本的な注意義務を怠つたものというべきであるから、この重大な過失に照らせば、被害者の前記程度の過失をもつてその損害等について過失相殺をするのは相当でないというべきである。

3  なお、被告らは、「被害者が本件横断歩道上を横断する以上、たとえ自転車に乗つて横断するとしても歩行者用信号機の表示に従つて横断すべきであり、被害者が横断を開始しようとしたときには、本件横断歩道に設置されていた歩行者信号機は赤色ないし青色点滅の表示であつたから、被害者は横断を開始してはならず、それにもかかわらず、横断を始めた被害者には重大な義務違反がある」旨主張する。しかし、自転車は、道路交通法上「軽車両」として、交差点の通行方法については、自転車横断帯が設けられていない交差点にあつては、交差点の側端に沿つて通行すべきものであり(道路交通法一八条、三四条、六三条の七参照)、その際従うべき信号は、歩行者用信号機に「歩行者・自転車専用」と表示されている場合にはこれにより、そうでない場合には車両用信号によるものとされている(同法七条、道路交通法施行令二条一、四項)のであるから被告らの右主張は採用することができない。

五  弁護士費用

原告佐藤光房本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三三号証の一、二によれば、原告らは本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し、着手金として六五万円、成功報酬として判決認容額の一割の支払を約したことが認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額等に鑑みれば、原告らが本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに対し賠償を求めうる弁護士費用の額は各自一七五万円が相当である。

六  よつて、原告らの本訴請求は、被告らに対し各自二七五〇万六七三〇円の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田敏章 長久保守夫 森木田邦裕)

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